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思い出してみた

腱鞘炎のひどかった頃(手術と今の装具に出会うまで)
私の日常生活はけっこう涙ぐましいものだった。
家庭用電話の子機とマウスに、
幅広ゴムと粘着マジックテープで黒板消しのような帯を作った。
あげくマウスをやめて、トラックボールに替えた。
エコロジーごめんなさい、って感じで発泡トレイなども捨てていた。
洗いたくなかったから。牛乳パックも解体できないので捨てた。
それまで包丁しか使ってなかったが、皮むき器はごく初期に購入。
これも初期に市販の擦りゴマを買って来た。
以来、すり鉢は棚の肥やし。
気がつくと世の中にはメーカーが主婦のために手抜きグッズを
いっぱい作ってくれてた。お惣菜もけっこう美味しい。
若さの割に(笑)マメに出し汁とかもとってたけど
ダシの素も使うようになった。煮物とかに。味噌汁は煮干でとるよ。
掃除機が重いのでナショナルの電気ほうきⅡを買う。
一体型で充電式のものだ。
摩擦が少なく軽いので取っ手を指1本で持てる。
コードを引張ってコンセントを挿入するとか、ホースを扱うとか、ホースを着脱するとか、本体を移動するとか、
普通の掃除機の所作は全部手には負担だから。
手を洗う時に石鹸を掴めないので、液体石鹸にした。キレイキレイとか。
食器棚のつまみを、指でひっかけられそうな形状のものに変えた。
財布のファスナーに輪ッカをつけて、人差し指に引っ掛けて開閉した。
ジーンズのファスナーにもそれをやったことがあった(笑)
ウォッシュレットを買った(^^ゞ 食器洗い機を買った。
意外と、お肉や魚の上に乗ってるプラスティックの菊の花やバランを、「摘んで取り除く」という作業が私には辛くて
要らんもの入れんといてくれ~とマジで怒ってた。
袋菓子や添付の紅しょうが、カップラーメンのダシの袋、何もかもハサミがないと開けられなかった。
とまぁ、挙げていけば切りがないないんだけど、
これは全部仕事は関係なく、人間としてこの国で普通に生活する上で不便だったこと、そして文明に助けられたことだ。

実はこうなってからよく思うことがある。
もし突然、電気、ガス、水道がなくなったら…。
私は洗濯を手で出来ない。井戸水を汲んで運んだり出来ない。薪なんか持ったり、火なんか起こせない。
ちょうどその1年前身近に、たった40秒で本当にそれらが喪失してしまうシーンを経験した。
私は、高度文明にどっぷり依存した典型的なアカンタレ現代人です…。(2004/3/9)

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