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招かれざる客

ごくごく初期の頃、整形外科につれなくされて訪れた整骨院のスタッフに言われた。「こういうのは職業病だから付き合っていくしかないよ」と。
漫画描きという職業の人間を初めて見て「職業柄仕方ないんだろうなぁ」と思ってしまった、ということは十分に想像出来るが、後になってこの言葉は非常に罪深いと思うようになった。
人は病気になったとき、招かれざる客が突然家にやってきて居座ってるような気持ちでいる。
もしあなたの家に暴力的で嫌われ者の親戚が居着いたとする。『血と骨』でビートたけしが演じたような破壊的な奴だ。気の向くままに人を殴り物を壊す。たまりかねて来てもらった警察に
「そんなのねえ。お宅の家の中のことだからね、民事不介入って知ってるでしょ?親戚でしょう?付き合っていくしかないでしょ」と言われるのと、
「困った男だ。なんとか追い払うように考えた方がいい。時々暴れるようならすぐに連絡して来なさい。民事不介入だからどこまで出来るか分からないけど」と言われるのでは問題に向き合うスタンスが変わって来るよね?
初めから厄介な客を諦めて受け入れるのと、存在を認めずあの手この手で策を練るのとでは頭の中も生活の仕方も異なって来るはず。
腱鞘炎で悩んでいる患者さんの多くは、どこまで騙せるのか、どこまで頑張れるのかと最初から共存を前提にしている人が多いかと思う。宥めていればこのDVオヤジはいつか改心してくれる、世話になったなと出ていってくれる…なわけはないのだ!
そう言ってる私は10年付き合ってる。だからこそ言えることは
「受け入れていては付き合えるものではない」ということだ。
暴力も年に3回ぐらい酔っぱらったときに食器を割るとか、怒鳴るとか、こぶしを振りあげるくらいなら鍼や低周波で応酬するし、割った食器で指を切るぐらいなら自力で対峙出来る。本当にあたしに手を出したら警察呼んで“チュ~”って注射だからね、もっとひどかったら殺すよ(手術)。
まあなんというか、受け入れるのではなく飼い慣らすというのが適当かもしれない。
病気に対してはそれくらい主体性を持ってかかった方がいい。優しく受け入れてやる必要なんかない。
そうは言っても患者は素人。凶暴な敵に立ち向かう術はない。そのために必要なのがいっしょに闘ってくれるプロと言うわけ。
だからそのプロに「付き合いなさい」と言われると、とても突き放された感じがする。
今でも、リハビリに通ってる病院の先生に、よく話を聞いてくれて丁寧に説明をしてくれた後に「今より酷くならないようにして下さい。よくストレッチしてリハビリに通って、注射はあまり打たない方がいいですよ」と言われてとてもがっかりすることがある。
もし通ってる病院がここだけで、もっと状態が酷くてあの初期の頃の私だっら、きっとすごく寂しく感じただろう。「ストレッチは個人がすること、リハビリはリハビリのスタッフがすること、注射は先生がすることだけど結局先生は何もしてくれないのね。」
いや言ってること間違ってはいない。実際ステロイドは打たないに越したことないんだし。たぶん優しい人なのだろう、この先生は。いわゆる「大人」で、当り障りのない言葉で慰めて励ましてくれているんだろう。
それは医療のプロの仕事じゃない。患者がそう望まない限り医療者の側から病気を許さないで欲しい。(終末医療や延命医療について言及してるわけじゃないです、念のため)

ところで、長く通ってる病院の主治医が翌月の予約を取って診療が終わる帰りがけによく懸けてくれる言葉がある。「それまででも、何かあったら」。
普段口の悪い彼が気休めの社交辞令を言うとは思えない。それだけにこの言葉は何度私を支えただろう。こんなに人の言葉に影響を受けてしまうのは単に弱い人間だからなのかもしれないが、でも大なり小なり患者は悩んでると思うのだ。

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