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2007年3月

鍼灸整骨院の生態(2)~同意書篇~

鍼灸保険の同意書は書いてもらわないことにした。理由は、整形の先生への遠慮から…というのはウソで(笑)
1)どうにも色々気に入らない 2)整骨院が遠くへ移転してしまう、から。

2月末に行ったとき同意書の用紙を一応もらって来た。東の先生は大学病院の先生から同意書を得たことは無いらしく、「書いてくれる」というと驚いてた。この時私は持って行くかどうかまだ迷っていた。まあ主治医への遠慮や保険使いすぎているから健康保険組合への遠慮もあった。経済状態が今より苦しくなったら持っていこうかな~とか。まあ保険もね、人様の金だもんね、ってまあなんて殊勝なのかしら。
しかーし!実際に用紙を見てあたしは萎えた。同意書の書式は、上に患者の住所氏名生年月日欄があってそこは整骨院の方が書く。下は病名、発病年月日、初診年月日、先生個人と医療機関の名前をお医者さん側が書くようになってるんだけど、この「病名」が予め決まってる。神経痛・リウマチ・頚腕症候群・五十肩・腰痛・頸椎捻挫後遺症…この6つの病気の場合にのみ保険適用ということになる。6つに限定されているのは医師側からの要望らしいが。(縄張りの問題で)
萎えた理由は、この病名の中からなるべく違うものを選んだほうがいいと言われた事。つまり腱鞘炎と関係ない神経痛とか腰痛とか。
自分が信頼して診てもらってる先生がでたらめな病名に○をする…そんな姿を、私は絶対見たくなかった。“上記の者診断の結果、頭書の疾病により鍼灸の施術に同意する”という文章に彼の名前で署名捺印されるのは何かが違う。こういうのは「これ書いていくら」っていう考えの人にこっちも医師免許を利用するぐらいの感覚でやってもらうことだ。なるべくかけ離れた病名で申請した方が、保険組合から目をつけられにくいということなんだろうが、腱鞘炎を診てる手の専門医が陰茎痛、じゃなくて神経痛のために(音声誤認識です。悪しからず)鍼灸に同意する…そんな現実を突き付けられると、この制度がもとより整骨院業界と医師業界の持ちつ持たれつの発想で生まれたものなんだと実感させられる。専門的な整合性などまるでない。
まあ、それでも本当にやばくなってそれが必要になったら、その時はそう話して快く理解してもらって(?)堂々とでたらめな病名に○をつけてもらうつもりだった。

そして移転。かなり遠くはなる。乗り換えが多くなるのだ。でもその気があれば通えない距離じゃない。市内から市内だし。
腕は確かだ。特に彼の手技(整体)が気に入ってる。
でもそこまでして通う気にはならない。結局最後は人間の相性に行き着く感じだ。
非常に個人的な意見で申し訳ないけど、自分の正当性を誇示するために他分野を否定するプロフェッショナルは信用したくない。治療行為も患者のためではなく自身のナルシズムのためにやってるように見えてしまうのだ。そういう気持ちを否定する気はないけど見えてしまうとイタイ。だから見せないで欲しいんだけど、思ってると普通出ちゃうから、隠し通す自信のない人は心底から患者のためを思って下さい(笑)
そんなわけでもらって来た同意書は使われることはなさそうだ。また行くかもしれないけどたまにだから実費でいい。

エピローグ。こないだ1年ぶりに11年前から通ってる鍼灸治療院に行って来た。保険は効かないし高いからあんまりしょっちゅういけないんだけど。ここは敢えて鍼灸保険による施術はしない方針だ。それには理由があって、「東洋医学は体の部位や症状にとらわれず全身を調整し診るという性格があるのに、(上でいう)病名を指定されてはその場所以外を治療できない。すると怒られる」
なるほど得心しました。
それから平成4年から鍼灸師の国家試験は実技がなくなったそうです。以前主治医が言ってた鍼灸サイドからのトラブルの背景が良くわかる。それを言ったら医師の国家試験だってペーパーだろう、手術やカテーテル挿入の実技試験はないだろうということになって、結局どの分野でも患者は身を以て先生方の技量を体感して行くほかない立場だ。

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リハ科リベンジ

Asai ←リハ科のA先生
特に意味はないっす。いや、似てはいないよ。私が実在の人物を絵にする時は似せようとは思わない(つーか似ない?・笑)
その人のイメージが自分の中でキャラになる。彼女が自分の漫画の中で動くとこんな感じかなと。
リハ科の先生と整形の先生は連携が良く、互いに認め合っている。職場の人間関係が上手くいってるとサービスを受ける顧客の満足度も高くなる。

リハ科で先生に装具を作ってもらってる間、ボーっと待ってたので色々考えていた。
やはり、病院とは異空間だ。2階、3階と階段を上がって行くほど現実生活から離れて行く感じがする。 入院患者のいる病棟も、入院患者が受けるリハビリも、私が長い間通っている1階の外来とは全然違う。
患者にとっては自分の体という究極のプライベートの問題でありながら、日常生活ではない。そこで働く人たちにとっては職場であり日常であるが、プライベートではない。
日常から離れてごく個人的な問題を持ち込む患者と、日常的にそこに居ながら個人ではない医者。最初からずいぶん離れた存在なのだなあと、医者と患者が意志の疎通を図ることが難しい側面を見た気がする(一般論)。
自分的には、通院は日常生活の用事の1つになっていた。毎回会う先生も何者かわからなくなっている。勿論お医者さんなんだけど、知り合いの様だったり、高校の担任の様にも思えたり、小学校時代のクラスメートの様でもあり(タメではない)、実家の親の様でもある。でも病院は、日常になってはいけない所だ。
まぁ永く腱鞘炎やってきたけど、病院を日常化させることもなく、生活の中に取り込む程度で済んでる私はまだまだ楽な方なんだろう。

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鬼門

3月です。非常に高い確率でこの時期は腱鞘炎の具合が最悪になります。そもそも初発から3月でした。まあこのときはバリバリに使ってたので仕方ないんですけど、大して何もしてなくてもそこかしこの患部が我先にと存在をアピールし始めます。
医師いわく「たまにかまって欲しいんとちゃう?」っていうのが、真実味を帯びてしまう(笑)。
季節の変わり目が体に負担をかけるのか、冬の寒さが悪化要因か、このバイオリズムとその余波で、毎年桜の季節の緩慢な温もりと春への期待は砂のように吹き飛ばされます。
皆さんもご注意を。意地でも完璧にドラゴンスピーチで入れてやった。キーボードを1切使ってないんだよ。
(関係ないけどせんねん灸しててお気に入りのセーター焦がして穴開いた。。。)

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