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医療訴訟…する??

9年前、綿菓子を食べてて転倒して、割り箸が喉に刺さって亡くなってしまった…
という男の子の話を報道で見たことがありました。
自分は行儀が悪く、カップラーメンを両手で持って
口にフォークを咥えながら食卓へ移動するということをよくやるので、
その度にこの話が脳裏によぎり忘れられないニュースでした。
この事故は担当医の診察が不十分だったとして
病院側の過失を巡って刑事・民事裁判に発展しました。
当時は私も病院側の過失が認められると思って報道を見ていました。
結果は「刑事では過失は認めるが死亡との因果関係が認められず無罪」
「民事では(最近判決が出た)過失なし」となりました。

ほとんどの素人にとってこれは医師側に寄った、権威におもねった
患者の方を向いていない判決に見えるでしょう。私も素人なのでわかります。
過去何度も医療裁判は、専門知識のない患者側にミスの立証責任があって、
端から不公平だった歴史がありますから。
ただ、何かを間違えたというようなミスとは違い、「充分だったか」ということは
どうなんでしょう?
西洋医学の医師の処置は、診察をしてよく話を聞き、可能性を考えて予見して、検査をして…
というのがプロセスの前半です。
後半は検査の結果を見て具体的な治療行為になるでしょうか。
うちの近所のクリニックの場合、風邪が長引くと訴えれば予見できそうな病気に絞って血液検査したり、
扁桃腺炎のダンナは、病原菌が腎炎を引き起こす細菌(溶連菌)じゃないかを検査してもらってました(=溶連菌の場合は他の菌より長く抗生物質を投与しないといけない)。
この『可能性を予見する』というトコロがプロとしての知識と経験の見せ所だろうし、
患者としてもここが緻密で視野の広い先生に診て戴きたいと思うわけですが。
でもねえ。「割り箸を咥えて転んだ→喉に傷がある→刺さって脳に損傷が及んでるかもしれない」これを予見できる医師がどれだけいるだろうか…???
こういうのは想像に長けたモノカキか、映画やドラマで見たことある人しか考えつかないと。
和歌山で砒素入りカレー事件が起こったときも最初食中毒だと言われた。
カレーに砒素が入ってるなんてお医者さん方は思いつかなかったのでしょう。
ていうか誰が思いつくでしょう?
気づかなかったこと、思いが至らなかったことは犯罪か??
もちろん何でも「気づきませんでした」と逃げられても困るし、
経験と力量で予見する前半も彼らの重要な使命だとは思いますが。
力量不足の責任が追求される場が担保されなくては、患者も自分の体を
安心して任せられませんがそれが司直の場だというのは
どうにも間違ってる気がします。
何故なら、私たち患者は困った時本当に医師を必要としていてるのに、
それが期待外れとなると即座に敵味方に別れると言うのでは、
そのうち医師達の方から患者を敵視するようになってしまう。
本来医者と患者は一緒に病気や怪我と争うのであって、これでは内輪揉めです。
内紛の絶えない組織は弱体化するもので、だから今の医療制度は
医者と患者双方にとって不利益が絶えないのでしょう。
医者と患者が敵味方に別れることは誰の為にもならないのです。
まあこれは優秀で誠実な、フツーのお医者さんを想定した一般論で、
中には100%敵みたいな人もいるだろうし
相手の出方次第では私も簡単に意見変えるでしょうけど。
酷い話は実際いくらでもあるしね…。
病院側もね、自分達の覇権や人間関係にかまけてないで
患者の方を見て頂ければ、と思いますよ…。いやまぁ、これはちょっと別件ですけどね。

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