医師・病院

お医者さんのキャラ

当たり前のことですが、お医者さんには(にも)色々なキャラがあります。
ちゃんとコミュニケーションがとれて、質問と回答があって、病気について前向きに建設的に話を進めることができ
その職能に信頼がおければ、おのおの方のキャラを踏まえつつ安心してかかることができます。

…できます。

でも

やっぱり相性ってあります。

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腱鞘炎 手の外科 病院

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/jitsuryoku/20070806-OYT8T00215.htm

2年前の読売新聞の記事です。「手の外科」について紹介しています。桜の薀蓄とは違い、端的に手短にまとめられています。さすがにプロの記者が書いた記事です(笑)
それにしても、わざわざ新聞記事になるほど、手の外科というのはまだ充分には認知されてはいない、と言うことでしょうか…。
ページの下の方に、全国主な病院の手術件数の地域別リストが載ってます。
また、手術件数は以下の分野に分けられて掲載されています。
・骨折・脱臼・じん帯損傷
・末梢神経障害
・炎症性疾患
・腫瘍と類似疾患
これは病院や担当する医師によって得意分野や、方針があることがわかります。例えば、総件数に比して、炎症性疾患の件数が極端に少ない病院は、炎症性疾患に手術適応はないという方針なのでしょう。

さて、リストには私が通っていた病院も乗ってます。まだN先生がいらした時のデータなので、もしかしたら先生お一人の実績?(いやわからんが)。今あの病院にはDr.Nクラスの手の専門医はいらっしゃらない筈です。病院の方向転換や人事によって、診療内容は規模縮小に舵を切り、力を入れる方向も変わってしまいました。いつも言ってますが人を診るのは病院ではなくお医者様ですから、病院のデータはあまり信用し過ぎないよう、参考程度になさってくださいねsagittarius

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手の外科専門医名簿

手の外科学会で専門医制度が発足したのは2、3年前。
久しぶりにHP行ってみたら名簿が載ってた。もちろんDr.Nも載ってます。
ただ…なーんか名簿みてると「??」なところが。
え、この人って脊髄の専門だったはずっ…っていう人もいるし。
載ってるからってどんだけの場数を踏んでるかはわからないけど
とりあえず参考URL:http://www.jssh.gr.jp/jp/about/senmoni-meibo.html

でも医者の世界ってよくわからない。この認定が経験を保障するわけじゃなかったら
患者は何を信じていいかわかんないよなぁ。
「診ますよ。診れますよ。」ってそりゃ、診るだけなら診れるだろうが。

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マクドと病院

 8月の定期点検に行きました。あそこの近くにはあまりめぼしい飲食店がなくて、お昼ご飯を食べて帰りたい時はよく天一(天下一品)を利用します。天一はどこで食べても同じ味です。マクドや吉野家も、ファミマのおにぎりも、ローソンのとろろそばも。って書いてたらずっと前、東京の友達が関西に遊びに来てマクドに入ったとき、「美味しい♪東京のマクドナルドと変わんない」って目を輝かせてたのを思い出した(笑)

 ……私が以前病院に持ってたイメージはチェーン店の外食産業そのものでした。

 病院という看板が出ている大きな建物の中には白い長い制服を着た人がいて、チーズバーガーが欲しければチーズバーガー科、ビッグマックが欲しければビッグマック科へ行けば全国どこの病院でも、お医者さんが誰でも、同じ結果が出るもんだとそんなイメージです。診療科がさらにお医者さん個人の専門に分かれていて、それは表には出てないのに人それぞれの興味と関心で治療のベクトルが変わっていくなんて、知らなかった。よく小さい病院・医院で看板にいろ~んな科名書いてあって「こんなに診れるのか」って首傾げることはあったけど、標榜する診療科名は自分で好きな科名を勝手に挙げていいなんてことも知らなかったし。でもそんな人多くないですか?あたしだけじゃないと思うんだけど?

 飲食店にはチェーン店もあれば、個人の中華料理屋もあり、商店街で長く愛されている定食屋だったり、繁華街に登場したおしゃれなカフェだったり、誰も省みない古い喫茶店だったり。オーナーの考え方で店のコンセプトが決まりシェフの腕で味が決まり、客の舌で好みが別れる…病院もそんなものだと今では理解しました。
 ファーストフード店やコンビニでちゃっちゃと買い物するように、ふらっと寄ってカウンター越しに診療を買っていくような患者の態度を「ドクターショッピング」と、医者業界では呼ぶようです。20年ぐらい前の家庭用の医療本にそんな言葉が載ってました。主治医がよく、お仕事を飲食店に喩えます。病院に行って出逢う白い長い制服の人は、¥0のスマイルを振り撒き、研修で教えられた通りの文言で応対する赤とか紺色の制服の人とは違う。そのことを知る前の私は、確かにドクターショッピングしてました…多分。給料から健康保険が差し引かれるので、病院に行かないと損な気がして、あはは。 

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医師即ち人

久しぶりに、昔通ってた大学病院のHPを訪れた。
外来診療表から「手の外科専門外来」が消えていた。
なんだか哀しかったし、切なかった。
N先生が長く診ておられた手の患者達はどうされたんだろう。

私達はよく、どこそこの病院は何々(病名)が良いなどと言う。
評判が評判を呼ぶクチコミはある程度は確かだとは思う。
病院の発表する手術件数を目安にする人もいる。でも―――

間違えないで下さい。患者を診るのは病院ではなく医師(=人)だと言う事を。
“病院の個性”でも書きましたが、トップの考え方で病院の姿は
どんなにでも変わってしまいますから。

あんまし具体的なことが言えないので解りにくいかもしれませんが(^^ゞ

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病院の個性

1年前N先生が移った病院は、先生は少し遠くなったと思うが
私は通院時間が半分くらいになった。(直線距離では変わらんが電車が…)
私のために近くへ来てくれてありがと~!なんて言ってましたが(…冗談だってば)。
でも、もっと近いのは実家の両親だったりする。
いい加減年寄りなので行く行くはお世話になるかもしれないと思った。
タクシーに揺られるのも苦にならない距離だ。
個人病院だが、整形以外にも内科・外科・心臓血管科(循環器科と心臓血管外科を併せたようなところ)と、老人に縁がありがちな科が備わっている。
世の中には星の数ほど病院・医院がある。
その中から健康に不安を抱えた時に拠り所となる病院を見つけるのは意外と大変だ。
行くまでわからないし、行ってもわからない。
今の病院は院長の志が高いと聞いている。N先生はとても誠実な医療人なので
その人がそう言うんだからそうなんだろう。
組織の個性はトップの考え方で決まる。何事も理想通りには行かなくても
目指さなければ近づくこともない。

で案の定、1年も経たないうちに両親はそれぞれあの病院の診察券を手にすることに。
両親がかかって初めて、個人病院の割に検査機器が充実してることを知った。
(いつも整形と頭痛で先生と面談してるだけなので)
高度な検査も市民病院などの大きな総合病院に紹介状を書いて回すことなく
院内で、しかもその日のうちに結果がわかる。
たらい回しに合わず、スピーディーに、予約待ちもなく、次のステップに移れるというのは病気を抱えた患者にとってありがたい負担軽減だ。
紹介→予約→検査→予約→検査結果…のプロセスには1ヶ月以上要することもある。
これまで何度もそういう経験をして来た老人2人は、何よりそれを言っていた。
主治医の話では、院長先生は人の話によく耳を傾ける人だそうで
スタッフの理想が少しづつ形になってるのかもしれない。
その代わり!と言ってはなんだが、医療機器以外のハードは遅れてる。
事務はアナログ、会計は遅い、やたら色々紙を渡される、冷暖房装置は古い…等々。
資金力が劣る中、医療の充実が優先されてるんだろうと思う。
組織の個性はトップの考え方で決まる。
みなさんも「病院ってこんなもんか」とか、簡単に結論を出さないでくださいね。
それはそうと手術室はもうちょっと増やしてあげて欲しい。余計なお世話だが(笑)

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腱鞘炎のお医者さん情報を一つ

ずっと前、ポリーニやアシュケナージ、アルゲリッチ、村治佳織が腱鞘炎で日本の医師にかかったという記事を見たことがあります。先のカタカナ名の3人(ピアニスト)は子供の頃よくレコードを聴いてたので、「やっぱみんな腱鞘炎になってるのねえ(T_T)」といたたまれない感じがしたものです。
この日本人のお医者さんは患者だった諏訪内晶子さんと結婚されたとか。腱鞘炎の名医と知られてるみたいです。詳しくは書きませんが上記の語句で検索したら出てくると思います。
思うに、音楽家の手はあらゆる職業の中で一番酷使されていて、その手術は99点でも以前と同じ演奏が出来なければ失敗とその先生はおっしゃいます。彼らは演奏の質が下がればヘタクソになってしまうわけで、それだけに名医と言われてるようです。元は末梢神経再建がご専門。ただね…アシュケナージは最近指揮ばっかやっててピアノ弾いてないけどね。
去年、首相官邸の500m南で開業されたそうです(◎o◎)。HPによると腱鞘炎専門外来もあるとか。いわゆるカリスマでしょうか。東京によくある富裕層向けの保険のきかない、全国から患者が集まって来て、予約しても何ヶ月待ちみたいな病院なのではないかと推察します。直径2mmの内視鏡で手術されるんだって。
私は医師に限らずこの手の“カリスマさん”は苦手だけど、必要な人には頼りになる存在なのかなーと思って一応記事にしました。

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実は私○○なんです…

こう見えて、病院で診察を受ける時は緊張します。
それは、診断が怖いという意味じゃなくて、お医者さんと会うのが怖いという意味です。
腱鞘炎ノートこんだけ綴ってお医者さんのこと偉そうに語って主治医と漫談交わして、どの口でそういうこと言う?と思われるかもしれないけど、そうなのです。
短い時間でこちらの状況を伝え先生方の発言の真意を汲み、ちゃんとコミュニケーションとれるかとか、大して症状が悪くないのに混んでるのに悪かったなとか、なんかあった場合は早いほうが医療費も安く済んで健康保険のためにもなるかなとか、だからって簡単に病院行き過ぎるかなとか、私みたいな人が多いから病院混むのかなとか、尿検査でちゃんと出るかなとか。アホですか?(笑)まぁ色々想像することだけは長けているので。
当たり前の話ですが、お医者さんってのは他人でして、しかもあまりよく知らない人で(初対面のことも多いわけで)、昔からそういう人と空間を共有する時すごく緊張するのですよ。学生時代はタクシーとエレベーターが全くダメでした。小学校の時は担任に車で送ってもらうのでさえ。人見知りというか対人恐怖症気味だったんです。さすがに就職してからそれじゃやってられないので笑ってやり過ごすモードというのを身に付け、今では年の功もあって図太くもなりましたが、診察はやり過ごしモードじゃダメなので今でも緊張します。診察室って狭い空間だし相手は医師とスタッフでこっちは一人で敵地に乗り込むみたいな感じがします。誰もが認める病気がある時は強気なんですが、どんな診断が下るのかな~みたいな時はやたら小心者です(笑)
今まで腱鞘炎ノートやゲストブックで「お医者さんも人間なので」という言葉を何度も使ってきました。これは勿論、医師が完璧だという幻想を持たないよう促すもので、こう思うようになったのは、整形の先生との長い受診歴で少しづつ発言が変わって行ったり、お医者さんも日々色々発見・進化してるんだなという実感を持ったことが始まりでした。この先生との初診の時ももちろん非常に緊張しました。今でも診察室に入る前は緊張します。でも先生と話してるとほぐれて来て診察自体は楽しいです。愛想笑いのできない人だが実はかなり気さくで、自分も毎回失礼な発言をぶちかまして帰って来てしまうという失態を繰り返してます(笑)。なぜか私の周りには愛想笑いの上手い人がいない。
新しい病院を受診するときは、勝手に緊張しないように「相手も同じ人間だ」と平静を保つためにこの言葉を使ってます。それが逆に先生によっては馴れ馴れしいと思われるかもしれないけど。(すいませんこっちも好きで馴れてるわけでは…)。人間の印象は初対面で決まる、なんて言われますが面識のない、或いは少ない他人に自分の身体を診断してもらうのはやっぱ疲れます。
というわけでとりとめなく、今日の所感でした。

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鍼灸整骨院の生態(2)~同意書篇~

鍼灸保険の同意書は書いてもらわないことにした。理由は、整形の先生への遠慮から…というのはウソで(笑)
1)どうにも色々気に入らない 2)整骨院が遠くへ移転してしまう、から。

2月末に行ったとき同意書の用紙を一応もらって来た。東の先生は大学病院の先生から同意書を得たことは無いらしく、「書いてくれる」というと驚いてた。この時私は持って行くかどうかまだ迷っていた。まあ主治医への遠慮や保険使いすぎているから健康保険組合への遠慮もあった。経済状態が今より苦しくなったら持っていこうかな~とか。まあ保険もね、人様の金だもんね、ってまあなんて殊勝なのかしら。
しかーし!実際に用紙を見てあたしは萎えた。同意書の書式は、上に患者の住所氏名生年月日欄があってそこは整骨院の方が書く。下は病名、発病年月日、初診年月日、先生個人と医療機関の名前をお医者さん側が書くようになってるんだけど、この「病名」が予め決まってる。神経痛・リウマチ・頚腕症候群・五十肩・腰痛・頸椎捻挫後遺症…この6つの病気の場合にのみ保険適用ということになる。6つに限定されているのは医師側からの要望らしいが。(縄張りの問題で)
萎えた理由は、この病名の中からなるべく違うものを選んだほうがいいと言われた事。つまり腱鞘炎と関係ない神経痛とか腰痛とか。
自分が信頼して診てもらってる先生がでたらめな病名に○をする…そんな姿を、私は絶対見たくなかった。“上記の者診断の結果、頭書の疾病により鍼灸の施術に同意する”という文章に彼の名前で署名捺印されるのは何かが違う。こういうのは「これ書いていくら」っていう考えの人にこっちも医師免許を利用するぐらいの感覚でやってもらうことだ。なるべくかけ離れた病名で申請した方が、保険組合から目をつけられにくいということなんだろうが、腱鞘炎を診てる手の専門医が陰茎痛、じゃなくて神経痛のために(音声誤認識です。悪しからず)鍼灸に同意する…そんな現実を突き付けられると、この制度がもとより整骨院業界と医師業界の持ちつ持たれつの発想で生まれたものなんだと実感させられる。専門的な整合性などまるでない。
まあ、それでも本当にやばくなってそれが必要になったら、その時はそう話して快く理解してもらって(?)堂々とでたらめな病名に○をつけてもらうつもりだった。

そして移転。かなり遠くはなる。乗り換えが多くなるのだ。でもその気があれば通えない距離じゃない。市内から市内だし。
腕は確かだ。特に彼の手技(整体)が気に入ってる。
でもそこまでして通う気にはならない。結局最後は人間の相性に行き着く感じだ。
非常に個人的な意見で申し訳ないけど、自分の正当性を誇示するために他分野を否定するプロフェッショナルは信用したくない。治療行為も患者のためではなく自身のナルシズムのためにやってるように見えてしまうのだ。そういう気持ちを否定する気はないけど見えてしまうとイタイ。だから見せないで欲しいんだけど、思ってると普通出ちゃうから、隠し通す自信のない人は心底から患者のためを思って下さい(笑)
そんなわけでもらって来た同意書は使われることはなさそうだ。また行くかもしれないけどたまにだから実費でいい。

エピローグ。こないだ1年ぶりに11年前から通ってる鍼灸治療院に行って来た。保険は効かないし高いからあんまりしょっちゅういけないんだけど。ここは敢えて鍼灸保険による施術はしない方針だ。それには理由があって、「東洋医学は体の部位や症状にとらわれず全身を調整し診るという性格があるのに、(上でいう)病名を指定されてはその場所以外を治療できない。すると怒られる」
なるほど得心しました。
それから平成4年から鍼灸師の国家試験は実技がなくなったそうです。以前主治医が言ってた鍼灸サイドからのトラブルの背景が良くわかる。それを言ったら医師の国家試験だってペーパーだろう、手術やカテーテル挿入の実技試験はないだろうということになって、結局どの分野でも患者は身を以て先生方の技量を体感して行くほかない立場だ。

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リハ科リベンジ

Asai ←リハ科のA先生
特に意味はないっす。いや、似てはいないよ。私が実在の人物を絵にする時は似せようとは思わない(つーか似ない?・笑)
その人のイメージが自分の中でキャラになる。彼女が自分の漫画の中で動くとこんな感じかなと。
リハ科の先生と整形の先生は連携が良く、互いに認め合っている。職場の人間関係が上手くいってるとサービスを受ける顧客の満足度も高くなる。

リハ科で先生に装具を作ってもらってる間、ボーっと待ってたので色々考えていた。
やはり、病院とは異空間だ。2階、3階と階段を上がって行くほど現実生活から離れて行く感じがする。 入院患者のいる病棟も、入院患者が受けるリハビリも、私が長い間通っている1階の外来とは全然違う。
患者にとっては自分の体という究極のプライベートの問題でありながら、日常生活ではない。そこで働く人たちにとっては職場であり日常であるが、プライベートではない。
日常から離れてごく個人的な問題を持ち込む患者と、日常的にそこに居ながら個人ではない医者。最初からずいぶん離れた存在なのだなあと、医者と患者が意志の疎通を図ることが難しい側面を見た気がする(一般論)。
自分的には、通院は日常生活の用事の1つになっていた。毎回会う先生も何者かわからなくなっている。勿論お医者さんなんだけど、知り合いの様だったり、高校の担任の様にも思えたり、小学校時代のクラスメートの様でもあり(タメではない)、実家の親の様でもある。でも病院は、日常になってはいけない所だ。
まぁ永く腱鞘炎やってきたけど、病院を日常化させることもなく、生活の中に取り込む程度で済んでる私はまだまだ楽な方なんだろう。

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鍼灸整骨院の生態(1)

医療機関が混むわけ知ってる?高齢化社会だから。確かに。でもそれだけじゃないと思うな~。
最近は行ってないが開業医の整形外科にリハビリ科があって、よく電気治療とマッサージを受けてた。
スタッフは22歳ぐらいから32歳ぐらいまでの男性。柔整専門学校に通いながら治療院で働いて、資格が取れて金の都合がついたらすぐ開業しようって人達だ。患者は60歳から80歳ぐらいまでのおばちゃん(おばあちゃん?)が大半。
先生方はマッサージをしながら患者と会話を持つ。リラックスして具合のことなどを話しやすい雰囲気を作る…というのは建前でどう見てもおばあちゃん達は、孫ほど離れた若い男の子と話をするのを楽しみに来てるとしか思えない。
ある先生が、いつも○○さんという患者さんにお尻を触られるのが悩みだと言ってた。その人は色白で童顔で、30なのに20歳ぐらいにしか見えない。
「僕がここを辞めたら○○さんのせいだと思って下さい」と、○○さんも聞こえるように言うあたり処し方も手慣れたものだ。みんな盛り上げ方とか甘え方とか上手くて、私は彼らを“白いホスト”と呼んでいます。指名料取ればいいのに(笑)。
こんなことやってて開業して行くんだと思ったら整骨院(鍼灸整骨院を含む)の質については、本当に吟味した方がいい。最近乱立し過ぎている。免許ばら撒き過ぎ。勉強してる人はしてるけど、もっと詳しい人に話し聞いてる身からすると「怪しいなぁ」ってこともある。まぁこれは病院にも言えることだけどね。
鍼灸にしたって中医学を学んだ鍼灸師が脈や舌から色んなこと診てとれるのと違って、凝ったとこや痛いとこに鍼を刺すというやっつけ仕事的な鍼がほとんどです。これでもしないよりマシですが、中医学のほうはもっと体の根本を治すという発想なので、正しくやれば効果が長続きする。でもこれも素人には判断つき難いのだけど。

さて、この「しないよりマシな鍼」は保険がきかない。医師の同意書があれば保険適用になるので主治医に訊いてみた。そして上述のようなばら撒きの結果鍼によるトラブルが多発し、結果的に同意書を提出した医療機関に責任が回ってきて困ってるとの答。
トラブルについては純粋に鍼灸師の腕と哲学の問題だが、確かに医師が会ったことも話したこともない鍼灸師の治療に同意するというシステム自体が矛盾をはらんでいる。私が通っている鍼は「長続きする鍼」だがそれだって矛盾は全く解消されない。唯一筋の通る形があるとしたら、私が鍼灸師の腕と効果を評価しその結果に対しても主治医に迷惑かけないということを信用してもらってってことになるのだろう。あるいは飲み会設定して2人で飲んでもらうか?(笑)
そうまでしても患者が鍼灸(整骨)院に行くには理由がある。腱鞘炎の前段階の筋肉の張った痛み、眠れないような肩こり、慢性的な腰痛、冷え性、それらは同意書を書く側の医療機関では病気にカウントされず、治療もない。それら病院から吐き出される大勢の患者の受け皿として鍼灸整骨院はこんなに蔓延っているのだ。そして若い男の子と楽しくお話出来るし、たまにお尻もさわれると(笑)
結論だけ言えば彼は書くと言った。元々他分野への垣根は極めて低い人だ。後は人間への信頼の話になってくる。そこに団体と団体の軋轢や人間らしい感情のもつれが絡む。そういう話を聞けたのは面白かったけど充分な時間はなかった。ただ「厭なんだろうなぁ」ということは伝わって来た。ポリシーだと言ったが、もう少し原初の感情のように見えた。そういうものを曲げてもらっていいものかどうか今はまだ決めかねている。
私には各団体、各分野の人たちが持っている「我々」という概念が馴染まない。本当は個人の能力が問われているのに、団体の実力と価値に問題をすり替えている。どの分野にも必ず信頼出来るプロフェッショナルがいると信じている。(希望的観測)

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N氏の手術

ン十年もほっといた痔を、いったん「手術するぞ」と決めたら「ちょっとでも早い方がいい」と思うのが人情。N氏は医療機関を求めて文字通り東奔西走した。
ここにも、餅は餅屋は存在していたのだ。
痔の診断と手術は外科ではなく肛門科、しかも消化器学会とかではなく、もっとピンポイントな“大腸肛門病学会”の専門医だとか指導医だとかの資格を有するくらいの医師でないとできないらしい。
肛門科って無い病院も多くていちおう外科で診ると謳っていても、事実上は無理ということだ。N氏もいちばん最初は「痔の手術をしたいんですが…」と市民病院の外科を訪れたが、大腸の内視鏡検査をされて肛門から15センチ上のところにポリープがあって、小さいのですぐ切らなくていいので半年後に診せて下さいと言われたそうだ。
…で、痔は?
無視でした。困ってるのは痔なんですけど。15センチってなんやねん、半年後ってなんやねん。
私が腱鞘炎でいちばん最初に行った病院でも、手が痛いって言ってんのに頚のレントゲンを撮って手には一瞥もくれなかったが、あの人も今考えると頸椎か何かの専門だったのかな(笑)
西洋医学は細分化されすぎと言っても、人間の体はとても複雑。手術のみならず検査、診断の段階からその患部に精通し、可能性を取捨選択出来る人でなければ務まらないのかもしれない。
病院にかかるとき何も知らないで飛び込んだら、往々にしてそういうことがよくある。でもそれは今考えると先生が悪いというより出会いが悪かったのかなぁとも思える。
最近はHPで担当医のプロフィールを紹介している病院も増えた。出身大学までは書かなくてもいいけど卒業年度や専門、資格などの情報は公開してもらった方がありがたい。何時間も待ってようやく自分のために診察室の扉が開いても、それが何の実りもない出会いになってしまうのは虚しい。

ところでN氏の主治医の先生(50代初頭?)は、病状がかなり深刻なのを配慮して「早くしてあげたいので」と言って、ぎっしり詰まった手術スケジュールの中に無理矢理N氏の手術をねじ込んでくれた。
私はつい、いつもの癖で「そんなに過密になっては先生が大変でしょう」と心配してしまった。
先生:「いや、月曜休みやし(海の日)、いつもこんなもんですから、大丈夫ですよ」
N氏:「…できれば、早い方が…」(本音)
私 :「ここまで病状が悪化するまでほっといて、それで早くしてくれって患者ってわがままですよね(笑)」
先生:「肛門の患者さんは皆ぎりぎりですよ。Nさんはおとなしいほうですよ(笑)」
混んでるのにイラン話をする私って…^^;でもまあ、それくらい談笑出来る雰囲気を持った先生でした。患者もようやくたどり着いたような、全てお任せしますみたいな心境になったことだろう。
ちょっと自分が最初に大学病院に行ったときのことを思い出した。談笑どころか目も合わせなかったが(笑)。あの頃はまだ医師の前で緊張して人見知りしていた。(どこ行ったんやろ?あの慎み深さ…)本当は初診の時からちゃんと目を合わせて話したほうがいいのよ。
何が言いたいかというと、医師という人たちは目の前の患者の病状や生活の不便を測って「~してあげたい」と思う(人もいる)ということだ。まあ「これ切ったらいくら儲かる」って思う人だっているだろうけど。
医療を受けるって当たり前のようになってるけど、現場はひとつひとつ全部違って関わってる人間も大勢いて、人間が人間をいじくっている。そう考えるとひどく危なっかしい。
その中で受けている医療サービス、緊急措置や緊急オペが、彼らのプロ意識や人間的な情,、良心、時には彼らの家族への犠牲(仕事が終わったら家族サービスの約束をしているかもしれない)によって支えられているということを、1年に1回ぐらいは思い返してみてもいいんじゃないかな(少ないがな)。
医者嫌い、病院嫌いって言う人は多い。まあ好きじゃ困るんだけど、著しく体が苦しくなるとどんなに嫌いでも何とかしてくれ~と、最終的には頼りにしてしまうのが生き物のありようだ。人が犯しやすい間違いは、苦しい時に駆け込むからこそ医師を神か仏と思ってしまうこと。そして願いが叶わなければヤブ医者と極端な評価が生まれてしまう。実際の彼らは神でも仏でもない。

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受診の心得

こないだ、珍しく受診に失敗した。
いつもは行く前の電車の中で今日の報告のポイント、問題点、質問事項を整理していく。
患者も待ってる、医師も忙しいって中で短い診療時間からより濃厚な効果を引き出すのに必要なことだ。
あん時はちょっと考え事してて何も決まらないままに医師の前に座ってしまったのだ。
いかな、60回診てる主治医と言えどそこから“今日の主旨”を引き出すことはできない。こちらも課題を見つけてないから解決のカタルシスも得られない。
しかも診察室でなお考え事が時折頭をよぎって、集中力(私の)に欠けた受診になってしまった。自分から出かけていってこういうのはいただけないし、相手にも失礼だ。
結局センセイにも「今日はダメだな」と悟られていたようだ。申し訳ないことをした。
これが初診ならこんなもんかと思ってしまうだろう。でもそうじゃないのよ。
医師には2パターンある。
1) 信念と理想が前面に出て持論を展開するタイプ
2) 患者の求めるものを知る中で解決法を見出すタイプ
もし後者なら、こちらも求める物や問題点といった情報を正確に提供する義務がある。前者なら言ってもあんまり人の話を聞かない代わりにレールの上に乗っけてくれる。頼もしいのだが行き着く先が望んだ場所かどうかはわからない。
自分がどちらのタイプの医師を好むのかも、知っておいた方がいいかもしれない。

※カタルシス=たまった感情を吐き出しスッキリすること、ドラマで言うオチとか問題解決がこれにあたる。

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餅は餅屋…

携帯を変えた直後右手に痛みを発生させてしまった。メールとかはしないけど最初の設定で色々キーを押さんといかんことが多くて。
場所はまだ治していない親指のバネ指、いまだに原因不明の(?)親指第2関節手背側、および手首より少し上部の橈側(親指側)で内側(絶対意味わからんやろう…)
大学病院の予約まで1カ月近くあったので、鍼へ行ったときに鍼灸の先生(27歳、鍼灸師・柔道整復師の資格保有)に、この手首の少し上の場所はどんな筋肉で何をやってどう動かして痛いのか聞いてみた。親指の屈筋腱が痛いので長母指屈筋だろうと言われた。それじゃやっぱり親指で携帯のキーを打ったらだめだよな…。
で、今日大学病院へ行って主治医に同じ質問をした。あっさりと腕橈骨筋だと言われ、
「私なにやってんのやろ?」と先生の前で携帯のキーをでたらめに押していたら、それを見てた先生が「何か大体わかった」と。親指を曲げる操作ではなくて携帯を支えている腕の使い方の方が原因だとさ。
ちょうど携帯を持って画面を自分の方に向ける時に使っている筋肉らしい。親指でキーを押すときにそれに抵抗して支えているようでした。

私はこの鍼灸の先生を気に入って通っている。とりあえず日々の自己管理の延長で無くてはならない人だ。鍼にも色々施術者の癖があり、この人の鍼はなかなか快適なんだよ。もちろんこれからも通います。ただ彼らは解剖をやらない。もちろん教科書や図で習うだろうし筋肉の名前も覚えるだろうけど、やはり知識ではその道のプロに及ばない。無理からぬことだが。
そもそも手は、解剖図を見るとあまりにも複雑でたくさんのパーツがあり何層にも重なっていて、どう見ても三次元的な配置まで1度の解剖で覚えられそうにない(←あたしのおつむのせいかもしれないが)。世の中の鍼灸整骨院を開業している人のうち少なくない確率で、こう言っては失礼だが“十分な知識がなく”やっているということは言えると思う。
信じてはいけないということではないが、頭から鵜呑みにすることも避けた方がよさそうだ。
もちろん知識の豊かな整骨院の先生もいらっしゃり、及ばないお医者さんもいらっしゃると思ってる。もっと言えば分野が違うのだから同じ知識である必要もない。誰を、何を信じるか。結局は自己責任ということになる。誰のものでもない、自分の体のことなのだから。

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招かれざる客

ごくごく初期の頃、整形外科につれなくされて訪れた整骨院のスタッフに言われた。「こういうのは職業病だから付き合っていくしかないよ」と。
漫画描きという職業の人間を初めて見て「職業柄仕方ないんだろうなぁ」と思ってしまった、ということは十分に想像出来るが、後になってこの言葉は非常に罪深いと思うようになった。
人は病気になったとき、招かれざる客が突然家にやってきて居座ってるような気持ちでいる。
もしあなたの家に暴力的で嫌われ者の親戚が居着いたとする。『血と骨』でビートたけしが演じたような破壊的な奴だ。気の向くままに人を殴り物を壊す。たまりかねて来てもらった警察に
「そんなのねえ。お宅の家の中のことだからね、民事不介入って知ってるでしょ?親戚でしょう?付き合っていくしかないでしょ」と言われるのと、
「困った男だ。なんとか追い払うように考えた方がいい。時々暴れるようならすぐに連絡して来なさい。民事不介入だからどこまで出来るか分からないけど」と言われるのでは問題に向き合うスタンスが変わって来るよね?
初めから厄介な客を諦めて受け入れるのと、存在を認めずあの手この手で策を練るのとでは頭の中も生活の仕方も異なって来るはず。
腱鞘炎で悩んでいる患者さんの多くは、どこまで騙せるのか、どこまで頑張れるのかと最初から共存を前提にしている人が多いかと思う。宥めていればこのDVオヤジはいつか改心してくれる、世話になったなと出ていってくれる…なわけはないのだ!
そう言ってる私は10年付き合ってる。だからこそ言えることは
「受け入れていては付き合えるものではない」ということだ。
暴力も年に3回ぐらい酔っぱらったときに食器を割るとか、怒鳴るとか、こぶしを振りあげるくらいなら鍼や低周波で応酬するし、割った食器で指を切るぐらいなら自力で対峙出来る。本当にあたしに手を出したら警察呼んで“チュ~”って注射だからね、もっとひどかったら殺すよ(手術)。
まあなんというか、受け入れるのではなく飼い慣らすというのが適当かもしれない。
病気に対してはそれくらい主体性を持ってかかった方がいい。優しく受け入れてやる必要なんかない。
そうは言っても患者は素人。凶暴な敵に立ち向かう術はない。そのために必要なのがいっしょに闘ってくれるプロと言うわけ。
だからそのプロに「付き合いなさい」と言われると、とても突き放された感じがする。
今でも、リハビリに通ってる病院の先生に、よく話を聞いてくれて丁寧に説明をしてくれた後に「今より酷くならないようにして下さい。よくストレッチしてリハビリに通って、注射はあまり打たない方がいいですよ」と言われてとてもがっかりすることがある。
もし通ってる病院がここだけで、もっと状態が酷くてあの初期の頃の私だっら、きっとすごく寂しく感じただろう。「ストレッチは個人がすること、リハビリはリハビリのスタッフがすること、注射は先生がすることだけど結局先生は何もしてくれないのね。」
いや言ってること間違ってはいない。実際ステロイドは打たないに越したことないんだし。たぶん優しい人なのだろう、この先生は。いわゆる「大人」で、当り障りのない言葉で慰めて励ましてくれているんだろう。
それは医療のプロの仕事じゃない。患者がそう望まない限り医療者の側から病気を許さないで欲しい。(終末医療や延命医療について言及してるわけじゃないです、念のため)

ところで、長く通ってる病院の主治医が翌月の予約を取って診療が終わる帰りがけによく懸けてくれる言葉がある。「それまででも、何かあったら」。
普段口の悪い彼が気休めの社交辞令を言うとは思えない。それだけにこの言葉は何度私を支えただろう。こんなに人の言葉に影響を受けてしまうのは単に弱い人間だからなのかもしれないが、でも大なり小なり患者は悩んでると思うのだ。

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幻でなく…

新年早々ブルーになった。
ぐーぐるをぐるぐるとぐぐっていたら、重い名前に行き当たってしまったのだ。
「腱鞘炎ノート」>RSDに登場する、RSD患者のおじさんを手術した医師の名前。
聞いたの7年以上前だけど忘れもしない。たまたま行き着いたHPで、見た。
その人はおじさんの手を左右同時に手術して、「ここも切ってみていいですか」みたいに進めていったそうだ。(私も左右腱鞘炎を手術したけど、半年くらいあいてた。てゆーか、いっぺんに切ったらパンツも降ろされヘンやん…)
どこのどいつだと思ってたら、関西で有名な国立大学の出身で今何処にお勤めかも判った。87年卒だから当時はまだ若かっただろうな。最近は3次元CTを使って手術する(?)とか(意味不明)、“バイオ何たら”って賞をお取りになったとか、ご活躍のようでたいへん結構だが。もちろん同姓じゃなく本人。おじさんから聞いた転勤先の病院とか、勤務時期とかも一致する。
なのに、このことは今後表に出てこない。私が被害を受けたわけでもないし、おじさんは裁判はしないと言っていた。そして私はおじさんの名前も知らない。
この、何年も前の立ち話を検証する機会はこの先もないのだ。
おじさんの苦しみも私の記憶も、幻で終わってしまう。

最初は医者不信論者だった私も、先生に懐いて(笑)早5年以上。「腱鞘炎ノート」でみんなも手の専門の先生を探しましょ~とお薦めしてるわけだが、この人のいる病院は薦めたくないなぁ…。(あんまり言うと名誉毀損で訴えられる?) (2006/1/6)

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月一点検

病院へ行く。先月手術を見送った右親指バネ指はだいぶ痛みは退く。「ふむ、まだあるな。(←モッコリが)」
全然何もしてないのに手首の小指側が少し腫れてる。「ほんまや。掃除したいな。」
おおーっ!こんなこと言われたの初めて!掃除とは手術で腱鞘を切開し、中をスッキリするらしいです。
「自分でもわかるでしょ。カツマクが腫れてるよ」 見ても触っても左と比べてすこ~しふくれてる。
こういう時は注射打ってもよく効くらしい。とりあえず今日は何もせずに帰ってきた。
私の主治医は患者は自分の病気を知るべきだと思ってるから助かる。だから説明もとても丁寧です。
自分のことだから自分が知らなくてどうする!予防も治療もそこから始まる、と私は思います。

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大学病院

腱鞘炎の定期検診に行ってテーピングの仕方を教わってきた。テーピングって、やり方が違うと「クソの役にも」(すごい言葉だな…)立たないんだよね。よく考えたら整形外科の医療行為じゃないのに、例によってとても詳しく実演を交えて教えてくれた。ただの問診でもいつも情報量の多い診察を経験している。大学病院は3分診療と侮るなかれ。(2001/11/15)

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